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お彼岸もそろそろ終わりです。

春分の日である
お中日は、模擬店を開いて、法要も行いますので

天気のことが気にかかっていましたが
「あれ、昨日は天気よかったのに」

空を見るとどんよりしています。
こんな日に限って・・・

天気の良し悪しのことはたまに触れますが
天候は己では左右出来ない最もわかりやすい例えです。

しかし、私の都合に合わせて良し悪しが出来てきます。

「今日の天気はあまり良くないな・・・午後から晴れればいいけど」

そうこうしているうちに、天の恵みか、お昼が近くになるにつれて
晴れてきました。

それにともなってか、模擬店の焼きそば、焼き鳥、団子と全てが
好調な売れ行きだったようです。

お彼岸のお中日を迎えたのは何度もありましたが、
祖母が亡くなって、又、仕事を辞めてからお彼岸を
迎えたのは、初めてでしたので、

例年は、法要の最後に何を話そうか等と考えていたのですが、
今回のお中日は今日という日が上手く運ぶかと想いながら
過ごしていました。

環境が変われば、自分の考え方や、
それに基づく行動も変わってくるものです。

具体的な行動をどうするかは、
自分の判断で決めた気に
なっていますが、

それを最初にしようという意思は、
自分では、中々形成できないものです。

お彼岸の期間中、お寺にいたのも初めてですが
それよりも、お彼岸に向けて準備をしたのも初めてでした。

お寺の仕事といっても、
いったい何をしたらよいやら

色々積極的に能動的に動いてみようと
いきまいている割には、

中々うなずける行動が取れない
と思う日々もあったのですが

それに応えてくれるのは、
聞いた言葉であり、
諸先輩方の実際に見える行動でした。

前回の聞法会では、前半は白骨の御文取り上げましたが、
後半は歎異抄第六章を取り上げました。

その中に
『親鸞は弟子一人ももたずそうろう。』
という有名な箇所があります。

この章は、自分の力で仏教を
広めることなんて出来ない、

仮に伝わるとしても
それは仏の教えが人を動かし

それがまた人に伝わるに過ぎないからである

だから
私の働きに依るところではないのに、
弟子などとは、言えない

そのような中から出てきた言葉ではなかと思うのですが
この言葉に触れた瞬間スーと心が軽くなって

積極的に、能動的に動こうという気持ちはあるのですが
いいか悪いがわかりませんが、出来る範囲でやればいいか・・・

事前に検討はしても、失敗したら、次考えよという
気構えになっているのです。

それと同時に過去に記憶残る言葉が
一本の糸として繋がって
迷う私を、吹っ切れさしてくれました。

「我以外皆師也」
「感動を探して生きる」
「親鸞聖人の言葉に触れる以外ないでしょう、他になにがあるの」
「人と丁寧に付き合いなさい」
「ひとはひとに教えようとする言葉に教えられたものはひとりもいない。ひとはただ、教えられたというひとの言葉によってのみ教えられていくのである。」

自分の力で、自分の考えで・・・
そこの立つ限り、自分の行動と結果に
歎き、迷い、不安の中にいて
満たされることはないのかも知れません
(振り返って反省点を探すのは当然ですが)

素晴らしいと感じた人、言葉、行動、出来事
それを、伝え、実践していく

そういう風に出来たらいいなと、今思ってます。(弱い・・・)

ただの真似じゃないとか、いわないの

お彼岸と関係ない日記になってしまったな・・・
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