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今長女と次女は公文に通っている
長女は小学校の宿題と公文の宿題で大変そうだ。

次女は次女で幼稚園から勉強しなきゃならないのも
なんだか可哀想だなと思うけれど
ただ何かが出来るようになる喜びや
分かるようになる喜びもあるようで
比較的楽しそうにやっている。
国語だけだったのだが
算数もやりたいとのことで
算数もやりはじめた

ある日のやりとり
次女「やだ~やりたくない」
妻「自分で算数もやりたいって言ったんでしょ」
次女「でも、分からないし~」
妻「もうちょっと頑張ってみな」
次女「でも~」
こんなやりとりが結構な時間行われていた

私「公文難しい?」
次女(コク)
私「公文やりたくないの?」
次女(コク)
私「じゃあ、やらなくていいよ、公文やめな」
妻「あ~あ、見捨てられた」
次女「イヤイヤ、やめたくな~い」

私はこの瞬間、妻が言った
「見捨てられた」という言葉に凄くドキっとさせられた。
私はいとも簡単に次女を見捨ててしまったのだ、、、

如来の摂取不捨の精神
摂取(おさめとって)
不捨(すてない)と
仏さまの心が表現されることがあるが
「やらなくていいよ、やめな」というのは
お前は出来んという
とてつもない冷淡な言葉だった反省している。

学校などで不祥事を起こした生徒を
退学処分にしてしまうことがある
教育が必要である人間をほったらかしてしまうわけである

見捨てないというのは
相手を信じ
変革を求める形で、どこまでも関わり続ける
とてつもない厳しい道とも言えるかもしれない。
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