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“「人間とは何か」という問題でしょう。私たちは生まれて今日まで育ってきた社会の中で、とっくに分かったことになっているこの問いが、真宗の前に立ったとき、まったく素朴な問いとして我々の前に提出されてくるのです。逆説的に言いますと、そのような問いを、我が問いとせざるを得ないのが人間というものです。その問いは、ここにいる我々だけの問いではありません。人類を貫き、歴史を貫き、世界を貫く大きくかつ深い問いです。それはいかなる人にも一度は我が問いとなった問いです。なぜ生まれたのか、生とは、死とは、人間とは何か、少年のころ、そのような問いの前に立たなかった者は一人もありません。しかし、その問いを体制の中で生き続けた間に、いつの間にか忘れてしまった。その問いは日本人だけの問いではありません。国籍や民族を超えて、全人類の存在の深みから起ってくる問いであり、子どもの日の頃から老年に至るまで、すべての人に起ってくる問いです。しかも、その素朴な問いに対して、いかなる人生経験を積んだ大人も答えられない。それはまた、世間の体制の日常では、まともな話題にさえならないような問いです。そのようなことを口に出したとたん、「青臭いことを」と一笑に付されてしまう。それほど大人は、この問いに鈍感になり、その問いを軽蔑しております。
中略
しかし、そういう感覚が呼び起こされるというそのことは、その背景に我々を待ちかね、我々を呼びかけてやまない真実そのものからの呼びかけがあるからです。人間とは何か、私とは何か、少年の日の問いが、今もなお私を問うてやみません。それこそが真実からの呼びかけです。和田稠“

私は、今真宗のお寺の長男生まれたから、真宗をわかりたいのか
学ばざるを得ないから教えに出会っているから、学んでいるのか
正直分からないし、不純なものが混じっている。

和田先生に出会って、真宗に教えに帰した。という人間に二人であった。

大の大人の生き方を変えてしまった
和田先生は一体どのような事を説いていたのだろうかと
和田先生の本を購入した。

私は宮城先生の講演を一度聞き、その元学びたくて、九短への入学を決めました。
という人間に出会った。
宮城先生の本を購入した。

ある先輩がまんじゅうを買っていた。
私「まんじゅう買うんですか?お寺って結構いただきません?私まんじゅうを人生で買ったことないですよ」
「これは葬式饅頭みたいものじゃないんだよ。そんじょそこらの饅頭とは違うんだ」
私「へ〜」
あの人がそこまで言うなら
よきひとのおおせをかぶりて、饅頭を購入
何時の間にか家族の誰かが食べていた、、、
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