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週末法事がありながらも
体調を崩し、、、

『教行信証を読み解くⅡ』を
ただただ読む

心に残った箇所

涅槃経の引文が
唯除ではなく
仏弟子にかかるという指摘になるほど

アジャセが仏弟子になっていく過程ととらえるのか

五逆の言葉に包含してしまうのか


一つだけ分からないことは

アジャセは世尊の月愛三昧で救われるが

住不退転と相応する仏弟子の箇所だから
月愛三昧は聞其名号とは無関係なのだろうか

行巻に以下の引文があるけれども

阿闍世王太子および五百の長者子、無量清浄仏の二十四願を聞きて、みな大きに歓喜し踊躍して、心中にともに願じて言わまく、「我等後に、作仏せん時、みな無量清浄仏のごとくならしめん」と。仏すなわちこれを知ろしめして、もろもろの比丘僧に告げたまわく、「この阿闍世王太子および五百の長者子、後無央数劫を却りて、みな当に作仏して無量清浄仏のごとくなるべし」と。仏の言わく、「この阿闍世王太子・五百の長者子、菩薩の道を作してこのかた無央数劫に、みなおのおの四百億仏を供養し已りて、今また来りて我を供養せり。この阿闍世王太子および五百人等、みな前世に迦葉仏の時、我がために弟子と作れりき。今みなまた会して、これ共にあい値えるなり。」すなわちもろもろの比丘僧、仏の言を聞きて、みな心踊躍して歓喜せざる者なけん、と。乃至

本願を聞いて救われた

仏弟子釈の最後に入れてもシックリくる
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