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秋葉原通り魔事件 加藤被告の死刑確定へ
というニュースが流れた
この事件が幼児虐待と青少年の犯罪が
結びついているのではないかと最初に感じた事件であった。
加藤智大は
無差別に人を殺し、傷つけた

最初は白昼に起きた惨劇として捉えられていたが
加藤智大の孤独を抱えた派遣作業員という現状から
現代の歪から生まれた存在として
若者を中心に一定の共感を呼んだように覚えている

ただその中で
少なからず加藤の生い立ちにも目を向けられた
加藤は幼少期どのような家庭で育ったのか

『秋葉原事件-加藤智大の軌跡』
中島岳志 朝日文庫 抜粋 引用
“母親の「教育」
加藤は、裁判で繰り返し、母から厳しすぎる「教育」のあり方を語った。
‐母に自宅の二階から落とされそうになったことがあるという。-
 -抵抗しなければ落ちていたと思います-
-また彼は、たびたび家から締め出されることがあった。近所の住民の証言でも、彼が冬の雪が積もる日に薄着のまま締め出されている様子が目撃されている。-
-泣きながら弟を連れて祖母の家まで歩いて行ったことがある。驚いた祖母が理由を尋ねると、母にひどく怒られて「出て行け」と言われたという。
 祖母の家までは約4キロ。幼い子供にとっては、相当の距離だ-
-小学2年生のときには、風呂で九九の暗誦をさせられ、間違えると頭を押さえつけられ、お湯に沈められた。-
-加藤は、母の罰に耐えかねて、よく泣いた。すると母はスタンプカードを作り、泣くたびにスタンプを一つ押した。そして、スタンプが10個たまるとさらなる罰を与えた-“
この記述は加藤が受けていた「母親の教育」の一部分の抜粋である
彼は行き過ぎた躾、精神的な幼児虐待を受けていたのだと思う。
この一事を切り取って、無差別殺傷事件と結びつけることは早計かもしれない
ただ極めて強い因果関係があったと思う

加藤は家庭で虐待(暴力)を受けていた
そして彼は無差別殺傷事件(暴力)を起こした

仏典の中に
王舎城の悲劇という王子(子)が王(父)を殺し、王妃(母)を殺しかける話がある
“父ビンビサーラは老いて子なきを憂い神に祈った。時にある一祖師から、毘富羅山(ヴィプラ)に住する仙人が近々死んで托生することを告げられ、ビンビサーラ王はこれを待ちきれず殺したところ、間もなく夫人が懐妊した。これ生まれざる前に、すでに怨みを懐く意味で未生怨といった。然るに生まれるにあたり相師に占わせると、生兒が怨を懐き父王を害すだろう、と告げたので、ビンビサーラ王はこれを信じるようになり、楼上から我が子を投げ捨てた(もしくは高い楼閣を造り、そこから産み落とさせたとも)が、一指を折ったのみで死ななかった。これ故に阿闍世を婆羅留支(バラルシー=折指)とも称した。
その後、成長したアジャータシャトルは、釈迦仏に反逆し新教団を形成せんとしていた提婆達多(デーヴァダッタ)に唆され、その言を入れてビンビサーラを幽閉した。また母が身体に蜜を塗って王に施していた事を知るや母も幽閉せしめ、ついに父王は餓死し命終してしまった。“

親殺しの前に子殺しが先行している
加害者を断罪し終わるのではなく、

なぜその凶行が起きたのか。その背景を探っていくことが
真の解決に繋がると思う

最近私は第三子の出産を契機に
通夜葬儀、法事、法要の本業以外はほぼ何もせず
幼稚園児の長女、次女と時間を過ごし

夜中に幼児虐待、親殺し、阿闍世、涅槃経の本をただただ読んでいる
その内落ち着いたら(何時になるか分からないけど・・・)
家庭内に限らず、暴力の連鎖を断つというようなことが
学べていけたらと思っている
一緒に学んでくれる人募集中
http://www3.nhk.or.jp/ne…/html/20150202/k10015149091000.html


秋葉原事件 加藤智大の軌跡 (朝日文庫)秋葉原事件 加藤智大の軌跡 (朝日文庫)
(2013/06/07)
中島岳志

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