FC2ブログ

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

去年よりお盆の法要を
2回に分けて行っている

新盆の方を対象とした法要と
通常の方を対象とした法要である

お盆とは正式に言えば
盂蘭盆(うらぼん)のことであるが

由来は以下である

盂蘭盆経の概要
「安居(修行)の最中、神通第一の目連尊者が亡くなった母親の姿を探すと、餓鬼道に堕ちているのを見つけた。喉を枯らし飢えていたので、水や食べ物を差し出したが、ことごとく口に入る直前に炎となって、母親の口には入らなかった。
哀れに思って、釈迦に実情を話して方法を問うと、「安居の最後の日にすべての比丘に食べ物を施せば、母親にもその施しの一端が口に入るだろう」と答えた。その通りに実行して、比丘のすべてに布施を行い、比丘たちは飲んだり食べたり踊ったり大喜びをした。すると、その喜びが餓鬼道に堕ちている者たちにも伝わり、母親の口にも入った。」Wikipedia



亡き母を想う目連が、釈尊に諭され、自分のあり方を変える

亡き人を想いつつ、亡き人の願いをたずねて行く
想いと願いが交差するそんな行事ではないかと思う

そんなことを考えていたら
フっと入江杏さんの顔が浮かび
お盆の法要でお話してもらえないかと思った

そして連絡すると
快く引き受けていただいた。

入江杏さんの略歴を紹介すると
「世田谷事件」に遭遇し、大好きな妹一家四人を失い、
その後、犯罪被害からの回復、自助とグリーフケアに取り組みながら、学校・企業などで絵本創作と読み聞かせ活動に従事している。最近では自殺、難病と様々な現場の問題に取り組み、当事者の声を社会につなげようと活動の領域を広げている方である。

入江さんとは港区と慶応大学が開催している
ご近所のイノベーションなる
地域活性講座の受講生同士として出会った

明るくて、やさしくて、鋭い方だった

講義や、懇親会を通して
背景や、今行っていることを知り
なんと魂の力を感じさせる方かと思った
そして
「悲しみを生きる力に」という
著作の題名を知って

お寺と門徒(檀家)さんが
関わる切っ掛けは
近しい人の死というものがある

亡くなり方もそれぞれで
残された家族の気持ちもまた
さまざまであるから
一言でおさえることはできないけども

亡き人を偲び、手が合わさる
そこにはやはり悲しみがある

「悲しみを生きる力に」
〜悲しみの水脈の広がり〜
という講題でお話いただいた。

話の内容は多岐に渡った
事件当日のこと
悲しみ、悔しさ
生き残ってしまった自責の念
妹家族への想い
親との関係
母親としてどうあるべきか
マスコミに対して
社会に対して


そして私の心に残った部分として
著書からの引用になるが

「失われた四人の物語をひたすらありのままに語り直してみると、自分の悲しみや苦しみよりも、四人の生命の物語のすばらしさが鮮やかに私の胸によみがえってきました。それは、悲しみの岩礁から突然にわき上がってきた清水のような新鮮な発見でした。生と死の狭間にあって、人は生命を愛することでしか救われないのだと気づかされたのです」『悲しみを生きる力に』77頁

「私が事件について、絵本の創作や読み語りなどを通して、社会に発信しようと思った動機は、失われた尊厳をもう一度取り戻さなくてはならないと強く思ったからでした。
 図らずも殺人事件の被害者になってしまった妹たち一家。「世紀末の猟奇殺人事件」などとしてマスコミには、あることないこと報道されました。警察の初動捜査はうまく機能せず、事件は未解決で、犯人も動機もわかりません。これだけの被害を受けていながら、自分たちの立場、思いを発信しないままで終わらせてしまえば、妹たちが単に「禍々しい事件の惨めな被害者」としてだけ記憶されてしまいます。私にとってはかけがえのない家族であり、一生懸命に生活してきた人たちだったという記憶は、どこかに消されてしまいます。そうした理不尽への強い怒りもあったのです。」『悲しみを生きる力に』84頁



悲しみを隠さず、なかったことにせず、
悲しみと向き合うことで
生きる力を取り戻し、立ち上がっていく過程が伝わってくる。

そして、なぜ悲しみと向き合い
生きる力を取り戻し
立ち上がることが出来たのか

そこには
『スーホの白い馬』という物語が
深く関係していると思われる

入江さんは事件の後、葬儀が終わり
亡くなったにいなちゃん(姪)の学校にいくと
にいなちゃんが国語の時間に課題で提出した
作品を手にする

「手にとった絵は、主人公の少年スーホと白馬との出会いのシーンでした。傷ついた仔馬をスーホが助けて抱き上げている場面です。絵の下の原稿用紙には、にいなちゃんが書いた、筆圧のしっかりした、きれいな文字が並んでいました。

  みんなが、心配でたまらなくなったころ、スーホが、なにか白いものをだ 
 きかかえて、走ってきました。
  みんながそばにかけよってみると、それは生まれたばかりの、小さな白い
 馬でした。
  スーホは、うれしそうにわらいながら、みんなにわけを話しました。
  「帰るとちゅうで、子馬をみつけたんだ。これが、地面にたおれてもがい
 ていたんだよ。あたりを見ても、持ち主らしい人もいないし、おかあさん馬
 も見えない。ほうっておいたら夜になって、おおかみにくわれてしまうかも
 しれない。それで、つれてきたんだよ」『スーホの白い馬』『悲しみを生きる
 力に』61〜62頁



 そしてその作品を見た直後、入江さんは、

「私はスーホになれなかった、仔馬を助けたスーホのようになれなかった。助けを求めたであろう、にいなちゃんや、礼くん(姪っ子甥っ子)を助けることができなかった。なぜ私はスーホになれなかったのか」

とおっしゃった。
 
 そして事件から7年後もう一度スーホの白い馬を読み返す
 スーホの白い馬には続きがある

スーホの白い馬あらすじ 
ある日、遊牧民の少年スーホは帰り道で倒れてもがいていた白い子馬を拾い、その子馬を大切に育てる。それから数年後、領主が自分の娘の結婚相手を探すため競馬大会を開く。スーホは立派に成長した白い馬に乗り、見事競馬大会で優勝する。しかし、領主は貧しいスーホを娘とは結婚させず、スーホに銀貨を三枚渡し、さらには白い馬を自分に渡すよう命令する。スーホはその命令を拒否し、領主の家来達に暴行され白い馬を奪われる。命からがら家へ辿り着くが、白い馬を奪われた悲しみは消えなかった。 その頃、白い馬は領主が宴会をしている隙を突いて逃げ出したが、逃げ出した際に領主の家来達が放った矢に体中を射られていた為、スーホの元に戻った時には瀕死の状態であった。看病むなしく白い馬は次の日に死んでしまう。スーホは幾晩も眠れずにいたが、ある晩ようやく眠りにつき、夢の中で白馬をみる。白馬は自分の死体を使って楽器を作るようにスーホに言い残した。そうして出来たのがモリンホール(馬頭琴)であった。愛馬の遺志から生まれた馬頭琴は、妙なる調べを奏で、多くの人々の心を慰めた。Wikipedia加筆




スーホと白い馬は理不尽な暴力にあい
白い馬は命を落としてしまう
しかし亡くなった白い馬は、
夢の中でスーホに最後のメッセージを伝える

かなしさとくやしさで、スーホは、幾晩もねむれませんでした。
でも、やっとある晩、とろとろと眠りこんだ時、スーホは夢をみました。
スーホがなでてやると、白馬はからだをすりよせ、
そして、やさしくスーホに話しかけました。
「そんなに悲しまないで下さい。
 それより、わたしの骨や皮や筋や毛を使って、楽器を作ってください。    
 そうすればわたしはいつまでもあなたのそばにいられます。
 あなたをなぐさめてあげられます。」



 入江さんは、にいなちゃんの作品を見た直後、
私はスーホになれなかったとおっしゃったが、

7年経って新たなメッセージを読み解いたのではないかと思う

そして私には一つの仏典の言葉が思い浮かんだ
「前念命終 後念即生」
自分の言葉で表現すれば

 私の願いに生きるのをやめ 願いに生きる私となる

私の願いに生きる限りは、
私はスーホになれなかったと言うしかない
しかし、悲しみに向き合い、メッセージを読み解き、
自分にかけられた願いに生きる時
何をすべきなのかが顕らかになる
そして、今なされている活動は
愛馬の遺志をついだ
まさしく馬頭琴を奏でているスーホなのではないか

そんな風に私には思えた。

共に聞いた門徒さんも多くの方が涙し、
今日は孫が来るので早く帰らなくちゃならないと
言っていた方も席を立てなくなってしまったとのこと

背けている事実に向き合い
願いを顕らかにし
担いつづけていく

大切な課題が与えられた
P1120620 のコピー

P1120625.jpg

P1120629.jpg

P1120634.jpg

P1120649.jpg
コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ナカノブ

Author:ナカノブ
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。