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04 06
2014

ある先輩僧侶が
居酒屋に行った時

焼酎グラスを片手に
友人との話に興じていたらしい

その時、手を滑らせた

「グラス が 割れた」

と瞬間的に言葉が出たらしい

その時背中に悪寒がはしったと言っていた。

他人がグラスを落としたのならば

「グラス を 割ったな」と

指摘するのに
自分が落とした時には

「グラス が 割れた」と

まず、自分を守る言葉が出てきたことに
愕然としたということであった。

何年も仏教を学んできて
心を清らかにしようと思ってきたわけでは
ないだろうが

自分の責任を回避し
自らを守るあり方に
煩悶されたとのことだった

コップ一つで
とてつもない内省をする方だと思った。

さて最近ツイッターを見ていたら
以下のようなツイートがあった。

本日○時に○町および○○地区の避難勧告は解除されました。

それに対し

○○町の公式アカウントなら、「避難勧告は解除されました」ではなく「避難勧告を解除しました」と言うべき。これは言葉尻ではない。とても重要なことだ。すみやかに改めてほしい。

というツイートがあった。

責任は誰が担っているのか
他ならぬ己以外にはいないということであろう

お経の中にこういう話がある

ある国王が父親を殺して王位を奪った後、
殺したことに罪を感じ
体に瘡が生じ、自分は救われない存在だと
悩み苦しんでいる

そして部下である大臣が次々にその苦しみを取り除こうと
言葉をかけていく
「みんなそうですよ」
「殺されるほうにも責任があったのです」
「見方によっては悪いとはいえないのではないですか」
そして皆最後にこういう
「これ以上悩まないでください」

そして最後の部下はこう言葉をかける
「あなたは罪をおかした、そして今慚愧している
お釈迦さまはこう言っている。
人間が救われる二つの方法がある
一つは慚 自らを恥じる事
二つは愧 他者に頭が下がる事
慚は 人に恥じる
愧は 大いなるものに恥じる
これを慚愧という 慚愧するということが人間になるということだ」

殆どの部下が
悩み苦しんでいる王に
悩まないで下さいという
しょうがない、みんなそうだと
罪と向き合わないように言葉をかける
しかし一向に気分は晴れない

しかし、最後の部下は
あなたは罪を犯した、そして罪と向き合う
それが救われる方法だと

大分話を手前勝手に端折っているが

とてつもない示唆に富んでいるのではないかと思う

一度たりとも間違いを犯してはならない
自分がかわいいところには

間違いを犯したとき
隠す、誤魔化す、擦り付ける、小さく見せる
罪を回避する方向にどうしてもいかざる得ない
しかしそれでは救われないのだというのである

我々は悲しいかな間違いを犯してしまう
その時罪と向き合う、責任を担う
これ以外に救われる道がないということであろうか
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