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4月8日のお釈迦様の誕生日に合わせて
4月6日に花まつりライブを行いました。

明福寺は「浄土真宗の寺院」ですから
報恩講(宗祖親鸞の御命日の法要)が一番大切ですし
また門徒さんと共に丁寧に勤めていけたらいいなと
思っているのですが

それとはまた別に
「地域のおてら」として
親子連れが集まれる場をつくりたいと
思っていました。

最近当寺の法要はどなたでも参加できますと
うたっていますが

そこに親子連れの人の
居場所はなかったように思います。

無量寿経に
「十方衆生」と
すべての生きとし生ける者よと
呼びかけるところがあります。

その後には
すべての生きとし生ける者が救われなければ
私は仏とならないという願いが誓われます。
(私的解釈ですが・・・)

無量寿経は十二回ほど漢文に訳されたようですが
訳される前の
岩波文庫の無量寿経梵文和訳で、「十方衆生」は以下のように書かれています

「他の諸々の世界にいる生ける者ども」

しかし無量寿経の異訳の経典『大阿弥陀経』『平等覚経』
では以下のよう訳されています。
「諸天・人民・蜎飛・蠕動の類」
天人、人間、飛び回る虫、地を這う虫のたぐい

時代的には
「他の諸々の世界にいる生ける者ども」『梵文和訳』

「諸天・人民・蜎飛・蠕動の類」『大阿弥陀経』『平等覚経』

「十方衆生」『無量寿経』
このように変遷しています。

『梵文』から『大阿弥陀経』『平等覚経』への訳は
ただ文章を異国の文字に変えるという発想では
絶対に出てこないのではないかと思います。

訳した人達は経典に自分をぶち込んで
真意を顕かにしようとしたのではないかと思います。

いわば
「みんな」救いたいというところから
「あなたと、あなたと、あなたと、それ以外も全員」
と具体的な呼びかけになっています。

どなたでも参加できますでは
誰にも届かないのかも知れません。

すべてのいのちある者と
共にありたいという呼びかけは
あなたと共にありたいとなった時
初めて言葉が言葉になるのかなと思いました。

それには花まつりを行うしかないと
思い準備を進めました。

そして今までは
お寺の行事でお勤め(読経)と、お話(法話)は、
当たり前のこととして問うたことはありませんでした。

私が子供と関わってこなかった
ということもありますが

自分が何をしたいかありきで
物事を考えてきたからではないかと思います。

子供が来てよかったって思えることってなんだろう
何をしたら喜んでくれるのか
根本的なところから行事を考えたことは
なかったかも知れません。

南無阿弥陀仏は
何を願っているのか

思案したあげく
今回は花御堂に甘茶をかけて
短い挨拶のみをしました。
(後ラッシーとカレー味のお菓子を用意しました)

これが正しい、間違っているという
答えを出すのではなく

当たり前にしないで
問われる事実に出会ったことに
意味があったのかなと思っています。

反省点も沢山ありました。

天気予報では
春の嵐になるという予報が出たとき
開催しないという決断できなかったこと

港区の天気予報ではなんとか
大丈夫そうということもあり
結果オーライでしたが
そのようなことを想定していなかったことは
無責任だったかと思います。

また悪天候かも知れないにもかかわらず
来てくれたご家族、
気にかけてくれた方
演奏してくれたキモサベカルテット
手伝ってくれた笠田さん、堀江さん
何時も見切り発車にも関わらず
支えてくれた家族には本当に救われました。
皆さん有難う。
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