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あるお笑い番組を観ていた

極めて嫌な気分になった

どのような状況かというと

若手お笑いコンビが三組でていた

(仮にX、Y、Zとする)

そしてその三組が
先輩芸人Aに人生相談をするという内容であった

一組、一組相談がなされたが
Xコンビ、YコンビとAとのやりとりは
厳しい言葉のやりとりもあったが
おもしろく感じた

しかし、最後のZコンビの発言を聞いた時
悲劇が現実に起きている
そんな印象を受けた

まず
Zは
Bというボケ
Cというツッコミの若手コンビである

以前は若者を中心に人気があったようであるが
今は以前のような人気はなくなっている

しかし、Bは個性的な性格が注目され
一人でTVに出演する機会が増えている

そこで今後コンビとして
どうしたら以前のような人気を取り戻せるのか
どのような戦略が必要なのか
問題はどこにあるのか

これが前提情報であった

まずBは言い放った
「Cは何もしないのです。」
「Cは努力しないのです。」
「Cは勝負しないのです。」

このメッセージを読み解いていくと
これは私の想像だが
「Cはおもしろくないのです」
「Cは無能なのです」
「Cはいらないのです」
「Zというコンビが今人気がないのはCのせいなのです
私Bに問題はありません、なぜなら私は私自身の努力、おもしろさによって
一人でもTVに出ています」

これだけでも酷いのであるが、これはまだお笑いとして
成り立つ可能性があった

しかし
Cはどう思っているのか
事前アンケートが読み上げられた
「Bに必要とされているのか心配」
「Bの気分を損なわないようにしている」

Cは今相当追い詰められている

BからCに二つの矛盾するメッセージが
発せられている可能性がある

まずお前は何も出来ない無能な人間だ
だから努力しろ
(自分の意志で行動しろ)

次にお前は無能なのだから
何も一人では出来るはずがない
俺に見捨てられたら終わりだよ
だからだまって俺の言う事を聞いていろ
(自分の意志で行動するな)

なぜこのような状況に追い込まれているのかって
それはCあなたが無能だからなんだよ

表面的な言葉としては
「自分の意志で行動しろ」という
いわば
俺はお前のためを考えて厳しいことを言っている
愛の鞭なんだよというメッセージのみが出されているのだと思うが

その言葉の裏には
お前は俺の役に立てるのか、立てないのか
利用できるのか、出来ないのか
命令を聞けるのか、聞けないのか
「自分の意志で行動するな」
聞けないのであれば、お前を切るという
自分の事しか考えていない、
茨の鞭が暗に出ているのだと思う

そしてBはこうも言った
「Zというコンビは解散しません
ずっと一緒です。」

なぜあえて他人の前でその発言をしたのか
その発言をすれば他人に良く思われると思ったからであろう
本当に思っていれば
それは既に伝わっているはずである

そうでなければ
Cの
「Bに必要とされているのか心配」
(自分はいらないのか)
「Bの気分を損なわないようにしている」
(Bの言う事を聞かなければ)
という言葉は出てこないのではないかと思う

巧妙にお前のことを考えてといいながら
お前なんかどうだっていい自分のことしか考えていない
メッセージはとてつもない悲劇を引き起こす

親鸞聖人が主著で引用している文章を紹介する

四つの善事あり、悪果を獲得せん。何等をか四とする。一つには勝他のためのゆえに経典を読誦す。二つには利養のためのゆえに禁戒を受持せん。三つには他属のためのゆえにして布施を行ぜん。四つには非想非非想処のためのゆえに繫念思惟せん。この四つの善事、悪果報を得ん。


四つの世の中で善いとされる行為によって悲劇が起こされる
一つは人に勝つためだけに学ぶことである
二つは利益を得るために真面目なフリをして過ごすことである
三つは人を支配するために困っている人を助けることである
四つ目は人を見下すために戦略を練ることである

学ぶこと、真面目であること、助けること、戦略を練ることは
悪いことではない、むしろ善いことであろう

しかし、
勝つため、利益を得るため、支配するため、見下すための
手段であればそれはあってはならないということである
ここで大切な点は
真の目的を隠しているということであろう

そして話を戻すと

お前のことを考えてといいながら
お前なんかどうだっていい自分のことしか考えていない
メッセージを発せられた時

わけがわからなくなる
ただ辛く苦しいのだ
どうしてなのか
それは自分がだめだからなのだ
そして行動することもできないのだ

そうじゃないのである

今現時点で人気がないのは
Cの努力、センスの問題なのだとしても

Cが辛く、苦しいのはまったく別の理由なのだと思う
それは
Bから発せられるメッセージなのだ
お笑いでいう相方とは
相棒であり、同士であり、同朋のはずである
しかし、その相方が
あなたを相方といいながら
道具として支配しようとしているのである
立ち上がれといいながら
立ち上がる力を奪っているのである

まずその事実に気付く必要がある

そしてもう一度本当の姿をたずねるのである
あなたは何のために芸人をしているのか

Bに捨てられないためではない
Bの気分を損ねるためではない

あなた自身の目的であり願いである
人を笑わせるためである

そしてこの構造は全ての関係において
起こる可能性がる


夫婦、親子、上司部下、先生生徒、国と国民
あなたのためといいながら
応えられない自分に罪悪感を持ったり
この人がいなければ自分はだめだと思っているとしたら

その相手はあなたを支配しようとしている可能性がある
ここを打開することは
相手から発せられる矛盾するメッセージに気付くことである

そして
何かおかしいと感じたことを徹底的に考え明確にし
その心にまかせることである

真の人間の生き方は何か
親鸞聖人の次の言葉に指針があると思う

念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報も感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々


真の行き方する者は、いかなる出来事が起きたとしても絶望しない。それはなぜか、自分の本音と向き合い、自分に背かない者には、保身と引き換えに取引する甘言、暴力を背景とする命令、策略を弄す虚言に人間性を奪われることがない。過去にしたことで強請られたり、苦難につけ入られることもない。愚かな自分を受け入れ、不確かな自分を信じた時、自然と道が開けているのである。

自分の感覚を信じ
自分に正直であれば
何も恐れることはない

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